STUDY研究活動・社会貢献
金沢の〇と■ -金沢らしさとは-
堀田 由紀夫 (YUKIO HOTTA)
金沢との関わりは、今から45年位前の小学生の頃に初めて訪れた時から始まる。 そのときは、東尋坊や能登など北陸観光の一部として立ち寄っただけだが、金沢城、兼六園、茶屋街、寺町、武家屋敷、忍者屋敷など、玉手箱のような街だという印象を受けたことを今でも覚えている。また、寺町、武家屋敷は私の故郷の小さな城下町と趣が似ていて、親近感を持った。 その後、35年位前に都市計画学会の大会などで再び訪れた際には、好きな建築家の一人である谷口吉郎・谷口吉生親子の建物を中心に見て回った。 会社に入ってからは、全国の地区計画の特徴的な事例について直接出向いてヒアリングするという仕事で、金沢市の事例の担当になり、一人で金沢市役所に出向いて担当者にヒアリングをする機会を得た。最初は事務的な受け答えしか得られなかったけれど、担当者が大切に持っていた秋田市総合都市計画が、実は弊社が担当したものだと知った途端に、話が盛り上がり、様々な裏話を話していただけたことが思い出として残っている。 その後、縁あって金沢市に本社がある株式会社国土開発センターさんと交流させていただくことになり、仕事がらみではあるが、幾度となく金沢市を訪れることになり、普段市民もなかなか行かないかもしれないような所も含め、様々な所を案内していただいた。この案内をしていただいた過程で、このときまで観光地や作品など点として捉えていたものを、はじめてネットワークやそれを構成する面として捉えられたのかもしれない。 そして今回、再び金沢市を訪れる機会を得たが、今回あらためて思ったことは、金沢の宝物は、初めて訪れたときから失せることが無く、それどころか、訪れる度に玉手箱の奥から、新しい宝物を披露してくれる。そんな街であると実感した。
▼武家屋敷の土塀
▼町家の扉
金沢21世紀美術館
タイトルの金沢の〇と■の〇は、もちろん「金沢21世紀美術館」である。これは2004年にSANNA(妹島和代+西沢立衛)が設計した美術館である。妹島和代の作品は、古河総合公園レストハウスで注目し、日立駅でViewの取り方に感心していた。いずれも自然とマッチして軽やかで特徴的だった。でもいずれも□い!写真を見る限り「金沢21世紀美術館」もガラスを多用化して軽やかだけど、街の中心部に〇は絶対合わない!〇は無駄な空間が多く出来て、使い勝手が悪くなるし!と思っていた…。 しかし訪れてみると、街の中心部にもかかわらず、周りは壁の無い広い芝生の空間で、〇であることを意識させないくらい大きな弧、プランで見るよりもゆったりとした空間の使い方。どこが正面だか、どこからが有料空間だか意識させない開かれたプラン、そして意識しないと中と外と忘れさせてしまうほど、腰壁が無く天井までの妹島流の大きなガラス。これは、都市の中の美術館というよりも公園だと思っていたら、実はこの美術館のコンセプトは「公園のような美術館」だそうだ。
▼金沢21世紀美術館
鈴木大拙館
一方の■は、もちろん「鈴木大拙館」である。「鈴木大拙館」は2011年に谷口吉生氏が設計した、禅の世界を世界に紹介した鈴木大拙氏のための展示館である。 「金沢21世紀美術館」から徒歩圏にありながら、何から何まで正反対。「金沢21世紀美術館」は、開かれた芝生の広場の中に開放的に立地していたが、「鈴木大拙館」は、道を間違えたかと思うような住宅地の片隅に、コンクリート打ちっぱなしの塀に閉ざされた形で、斜面林を背景にこぢんまりと静かに佇んでいた。 鈴木大拙氏の思想である「先入観を持たず、あるがままを感じる」を実践すべく、とりあえず入ってみる。建物は「玄関棟」、「展示棟」、「思索空間棟」の3つで構成されているのだが、「玄関棟」の落ち着いた空間、それと「展示棟」を結ぶ薄暗い細長い通路、「展示棟」から「思索空間等」への水盤に沿ったアプローチなど、順路に沿って移り変わる絶妙の空間ボリュームや光と影、明と暗、開と閉のバランスで、思想を知らなくても鈴木大拙氏の世界に包まれたような錯覚を覚える。塀に囲まれていながらも、水盤の上空が開かれているためか、「金沢21世紀美術館」以上に、無限の広がりに繋がっているように感じる。実にすがすがしい建築であった。
▼鈴木大拙館
しいのき迎賓館
しいのき迎賓館は、「金沢21世紀美術館」と道を隔てて向かい合う位置にある。 1924年に石川県内初の鉄筋コンクリート造の建物として建てられ、地区のランドマークとして親しまれていた旧石川県庁を、庁舎移転に伴い、2003年に正面はそのままに、反対の金沢城公園側を全面的にガラス張りに改築して、あらたに県政を記念するおもてなしの空間として開業したものである。劇的な外観の変化にも係わらず、内部は重厚な雰囲気の部屋と軽やかな明るいホールの空間が、うまく構成されている。我々は公園に面した明るい雰囲気のカフェで昼食をとることが出来た。 この建物は、ある意味では〇(円では無いけれど)と■が、一つの建物で融合した例と言えるのではないだろうか。
▼しいのき迎賓館
金沢市立玉川図書館
歴史的な建物と新しい建物の融合という意味で、私のお気に入りの建物の一つである「金沢市立玉川図書館」を思い出した。 今回は残念ながら訪れることが出来なかったが、1978年に旧専売公社工場のレンガの外観の建物に現代的な建築を融合させた、谷口親子の最初で最後の共同作品と言われている図書館である。 この建物は、「しいのき迎賓館」とは逆に、レンガの■とガラスの〇が、通路のような中庭を挟んで対峙し緑色の太い梁でつながれている。建物のエントランス部分や、梁の〇い穴も、〇と■を強調しているように見える。もしかしたら、金沢の〇と■の始まりかもしれない。
▼金沢市立玉川図書館(HPより)
金沢海みらい図書館
もう一つ、〇と■が融合した融合した建物を見に行った。金沢市の海沿いにある港町である大野町に行く途中に寄ってもらった。 この図書館は、2011年にシーラカンスK&Hが設計した、縦・横45m×45mで高さ19mの真っ白なマッシブな■に、おびただしい数(6,000個あるらしい)の〇いガラスブロックが均等に埋め込まれ、内部の大空間に明るく柔らかな光を取り込んでいる。我々が訪れた時は晴れた明るい日だったが、冬には曇天が多い日本海側で、自然光を多用した図書館がそれぞれの季節・天気でどのような趣を見せるのか、また違う季節にも来てみたい。
▼金沢海みらい図書館
金沢らしさ
「金沢21世紀美術館」でも〇によって無駄と思われる空間が無かった訳ではない。ただそれを無駄ではなく、「ゆとり」の空間として扱っているように感じた。同様に「金沢21世紀美術館」の立地も、市街地の中心に「ゆとり」の芝生広場の中にゆったりと配置されている。この美術館は建物が林立する中には絶対に存在し得ないだろう。 景観的には受け入れやすく保守的な■と、違和感を持ち込みやすく革新的な〇。形態的には他を拒絶する■と、柔らかな曲線をもつ〇。これらを融合するためには絶妙な「間」が必要であると考える。この「間」こそ、前出の「ゆとり」の空間ではないだろうか。 こうした「ゆとり」の空間は、金沢市のあちこちで見ることが出来る。例えば金沢駅の鼓門の下や武蔵辻の地下には、不思議な溜まり空間がある。どうやらこれらは、定期的に様々なイベントに有効に活用されているようである。都心に、このような一見無駄にも見えかねない空間をうまく配置している。 そもそもは、伝統的な街並みに、これらの〇や■を配置しても耐えられる都市の基礎を造った前田利家候の先見の明が基盤としてあり、以来、加賀藩の芸術志向を基とした本物の文化に、市民は生活の中で日常的に接することにより、「必要な無駄」を見極めることができる目を養い、そしてなによりも、良いものであれば受け入れる心の「余裕」が金沢らしさを生み出しているのではないだろうかと、毎回新しい宝を見せてくれる金沢を訪れて考えた。
▼武蔵辻の地下空間
追記(鼓門)
鼓門は、設置当初から賛否両論があったようであり、このデザインを許容するかどうかは、金沢市民の感性に任せるしかない。 しかし、私が今回実際に見て思ったのは、あれだけのスペースフレームを納めるゲートとしての必然性だ。個人的には鼓を構成する部材がもう少し細い方が優雅な気がしたが、無骨なほど太い柱は、仁王のような威圧感もあり、空間に緊張感を与えている。 消去法ではあるが、この門を駅前に設置して、金沢より違和感が少ない都市はないのではないだろうか。 市民が望むと望まざるとに係わらず、観光パンフレットなどでは、これまでの「ことじ灯籠」や「石川門」、「茶屋街」と並んで、既に金沢のシンボルになっている。
▼鼓門ともてなしドーム